部活動のサポートで、高校生と接するときに、気をつけていることがあります。「やって魅せる」「淡々とやる」「ウケを狙わない」の3つです。
*練習前の掛け声
「気にしない」から「気をつける」へ
年齢が変わると、高校生との接し方にも変化が出てきます。
大学を卒業したばかりの頃(若い頃)と年齢を重ねた今では大きく変化しました。
「気にしないで接する」から「気をつけて接する」への変化です。
現在、部活動で高校生をサポートしているのは2校ですが、
週一回のサポートは毎回、真剣勝負です。
大学を卒業して教員になった時は、教員という立場と、生徒と年齢が近いということもあり、
あまり気にしないで接してきました。
今思うと、もっと気にして接すればよかったと思いますが、その時はその時で、
精一杯やっていたのでよしとしましょう。
「若気の至り」という言葉もありますが、若いからできたこともあると思っています。
その時は、あまり「気にしない」というのが武器だったのかもしれません。
若いからこそ持つことができる武器です。
しかし、年を重ね、教員とは違う立場で接している今は、「気にすること」が多くあります。
「気にする」とは違い「気をつけている」ことでしょうか。
年齢を重ね、いろいろな変化はありましたが、今「気をつけている」ことをまとめてみました。
3つの「気をつけている」こと
高校生をサポートするときは3つのことに気をつけています。
(外部のコーチですが、部活動は教育の一環だと常に思っていることを前提とします)
やって魅せること
トレーニングコーチですから「やって魅せる」ことにこだわっています。
まだカラダは十分に動きますし、高校生に負けていない気持ちがあるので、
デモンストレーションにはこだわっています。
⇒わかりやすいデモンストレーターの条件。大げさにできる。ものまねができる。何回もできる。
⇒実技試験は演技する。ワザを演じてみせること。
お手本を「やって見せる」のですが、「見せる」だけでは生徒の印象には強く残りません。
・かっこよく
・素早く
・力強く
「魅せる」ようにしています。漢字で書くと「魅(み)せる」です。
これは、デモンストレーションができない、
魅せられない人がダメだと言っているのではありません。
私はまだできるので、こだわっているだけです。
私は一生この仕事をしようと思っています。
今のところですが。
年を重ねていけば、ゆくゆくは魅せられなくなるでしょう。
それは悪いことだとは思ってなく、魅せることができなくても
サポートできることはたくさんあります。
「魅せられなくなったらやめる」という友人もいますが、
私は魅せることができなくともOKだと考えています。
今はまだできるので、「魅せること」を怠っていないだけということです。
ちなみに将来は、仙人のように手振りだけでサポートするのが夢です。
手から氣を出す、気功の達人のように、
よぼよぼ老人になっても屈強な若者を遠隔操作サポートすることを夢見ています。
淡々とやること
性格的に熱くなるタイプです。決して嫌いではなく、ある意味強みだと思っていますが、定期的に接する生徒にはあまり熱苦しくない人を演じています。
若い頃は多少熱苦しくてもよかったのですが、
あまり熱くなると周りが見えないという欠点があります。
冷静に周りをみて、淡々とサポートをおこなう。
このことを覚えるとあまり疲れなくなりました。
頭は疲れますが。
高校生に限らず、キツいこともやってもらうと、すぐに
・「やべぇ」
・「マジ死ぬ」
・「キツい」
・「むずい」
の連発です。
いちいち反応していても、何の声かけにも、励ましにもなりません。
その4つは口ぐせだと思うようにしています。
まぁ、淡々とやっているのを演じていても
熱苦しいのは、バレていますが。
それはそれでいいと思っています。
ウケを狙わないこと
どうしても、物分かりのいい大人を演じてしまいがちです。
彼らに受け入れられることは必須ですが、そこを突き抜けたところを目指しています。
ウケを狙わない、わかったフリをしない。
迎合という言葉とはニュアンスが違いますが、決してすり寄っていかないようにしています。
もちろんトレーニング以外のところです。
どうしても生徒がかわいく、「じゃれたい」という気持ちもありますが、
高校生には「ウザい」でしょう。
・かまいたい
・冗談を言いたい
・できればうけを狙いたい
と言う気持ちもありますが、ココはグッと我慢です。
先日、初めて会った方に仕事のことを話すと
「優しそうなのに、高校生をどのように指導しているのですか」
と聞かれました。
「厳しくしているんですか」
とも。
普段はふにゃふやしているので、そう思われたかもしれません。
「脱・いかにも」を目指してきた私にはうれしい言葉でした。
これは先ほど書いた「淡々とする」にも通じます。
心のどこかに「よく思われたい」というのがあるのでしょう。
それは誰もが思っていることですが、それに左右をされてもダメだと思っています。
キツイこともビシッと言わなくてはいけませんし、
やってもらわなくてはいけませんから。
「好かれる」「嫌われる」そこを突き抜けてナンボと思っています。
演じることも必要
熱く指導し生徒に慕われ、ウケがいい指導者が理想で、それを目指すのもいいかもしれません。
しかし、現実的にはそんなことはできないのではないでしょうか。
最近は「指導」という言葉も使わなくなりました。
生徒とは年齢が違うので、残念ながら感性も違います。
生活しているコミュニティも違います。
自分が同じように思っているだけで、高校生に比べて劣っていることのほうが多いのです。
感性がまさにそうです。
それなのに、無理にわかったフリや、物分かりのいい大人に見られたいと思うのは
無理があるのではないでしょうか。
生徒の評判(裏サイトの書き込み)を恐れることもないのです。
ビシッとデモンストレーションを決めて、お手本を魅せる。
淡々とサポートをする。
ウケを狙わない、もちろんわかったフリをしない。
こんな自分を演じることも大切ではないでしょうか。
【編集後記】
雨の東京です。
金沢よりも寒く、びっくりしました。
新幹線で軽井沢を通過中、今年初めて雪を見ました。
線路のわきにほんの少しだけ積もっていました。
金沢ではいつ雪が見られるのでしょうか。
スキーヤー&スノーボーダーとしてはさみしい限りです。
とは言ってもなかなか滑ることができないのですが。
【昨日のOnce a day】一日一回新しいことを
・inov-8 FASTLIFT BOA 400 WMS
・シーザーサラダ 本陣